ロシアによるウクライナ侵攻に関連して、国連の機能不全が改めて指摘されています。この問題は、国連安全保障理事会において常任理事国だけに拒否権が認められていることに起因するのはいうまでもありません。
2022年3月30日現在、これまで拒否権を行使した回数が一番多いのが旧ソビエト連邦/ロシアの120回、次がアメリカの82回、三番目がイギリスの29回、最も少ないのは中華人民共和国(1971年までは中華民国)とフランスの16回です。さらに1991年の(第一次)冷戦崩壊後を見てみると、ロシアが29回、アメリカが17回、中国が15回となっています。そのうち、ロシアに関しては2010年代以降が23回、中国に関しても2010年代以降が11回、一方でアメリカはジョージ・W・ブッシュ(ブッシュJr)政権の時に10回と集中しています。
このような傾向が起きる理由として考えられるのが、ロシアと中国に関しては2010年代以降、アメリカ中心の世界秩序に対して反旗を翻す行動が顕著になったことが挙げられるでしょう。ロシアに関しては、2010年代初頭にはロシアの経済力がある程度回復したことを背景にプ-チン大統領(以後、プーチンという)の反欧米傾向および領土拡張主義的傾向が強くなり、中国に関してもロシアと同様に経済成長を背景に共産党政権(特に習近平政権)が欧米に挑戦的な態度を取る傾向が年々強まっています。一方でアメリカに関しては、ブッシュJr政権において「テロとの戦い」とのスローガンのもとにイラク戦争に見られるような独善的な軍事行動が展開されたことが理由です。
結局、多くの国と対立しているから拒否権を行使せざるを得なくなるのであり、武力や経済力を背景にした力の政治が他国と摩擦を引き起こしているケースが多いと言えます。独裁政権や軍産複合体に依存した政権が拒否権を多用するようになるのは当然の帰結です。
では、常任理事国が拒否権を行使し国連安保理が機能しない状況を変えるのにはどうすればよいのでしょうか。それは、①常任理事国の拒否権をはく奪ないし行使を制限できるようにするか、②他国との間に摩擦を引き起こさない政権が存続するような政治体制を全ての常任理事国において確立することが方法として考えられます。
①に関しては、安保理ではなく「平和のための結集」決議に基づく緊急特別総会(ESS)の開催を使えば拒否権濫用を防止できますが、決議には拘束力がないという問題点があります。安保理において常任理事国の拒否権をはく奪したり制限を加えたりするには、当たり前ですが全ての常任理事国の承認を得なければなりません。
しかしながら、ロシアと中国で独裁政権が続く限り、両国は自国が不利になるようなより民主的な改革提案に対して拒否権を発動し続ける可能性は極めて高いでしょう。彼らにとっては、公正を求める国際世論が国内政治に与える影響をあまり気にする必要がない以上、既得権益を奪う制度改正を阻止することが合理的です。今回のウクライナ侵攻で反プーチンの姿勢を明確にした日本やドイツが常任理事国入りを目指す場合も、プーチンが大統領の座にとどまっている限りロシアは拒否権を発動し続けるでしょう。
次に上記の②に関しても、今後アメリカで大規模な戦争を引き起こし他国と対立する政権が現れるのか予測するのは簡単ではありませんが、少なくともロシアや中国に関しては欧米流の民主主義に否定的な感情を持ち続け領土的な野心を持ち続ける独裁者による統治が存続しやすい政治体制になっている以上、根本的な体制変換が起きない限り両国と他国との間に摩擦が解消されないのは火を見るまでもなく明らかです。
以上から、今後とも国連が機能するようになるのは困難であるとしか言いようがありません。
そこで、考えられるのは、国連とは別に「機能する国際組織」を創設することです。国連が機能しないのは、特定の大国が拒否権を有し拒否権を持つ国の間での政治的価値観が大きく異なるのが理由なのだから、そうでない組織を目指せばよいということになります。
仮に国力に関係なく各国が平等に一票の議決権を持つのであれば、分担金を多く支出している国の不満がたまるでしょうし、国連の前身の国際連盟のように理事国の全会一致を必要とするならばそれは拒否権を非常任理事国にまで広げただけにすぎません。それゆえ、欧州議会における加盟国別の議席数のように加盟国の人口と組織への分担金の額に応じて議席数を決定することが合理的でしょう。そして、加盟国間での意思決定が円滑に進むには加盟国間での価値観の共有が重要となりますが、それは民主主義の遵守ということに尽きます。何故ならば、民主主義国家であるのならば、時の政権が暴走しても、選挙を通じた政権交代や政治家の世代交代によって一定の期間を経れば国際協調主義に修正される可能性が高いからであり、一方で独裁国家はそれがなされにくいからです。
ウクライナ戦争によって、非民主主義国家からの軍事的侵攻への懸念が高まり集団的安全保障の重要性が高まったといえます。2022年4月7日開催のNATO外相会合に日本・韓国・インドも招待されたとのことですが、これからは安全保障に関しても日米安全保障条約のような二国間体制が主体でなく複数国家間での体制が主体となるべきではないでしょうか。国連とは別に創設されるべき国際組織の加盟国は、地球環境・エネルギー供給・格差是正・公衆衛生といった問題への対応だけではなく、安全保障に対しても集団で取り組むべきでしょう。
しかしながら、露中のような非民主主義国家を完全に議論から締め出すのは地球環境問題・公衆衛生問題への対応で特にマイナスです。それゆえ、現在の国際連合は維持するべきです。そして、いつになるかはわかりませんが、両国の民主化が達成されたときに新国際組織と国際連合の統合を目指すべきではないでしょうか。今後、西側諸国の間で新国際組織結成に向けた動きが強まるかもしれませんが、日本はより公正・公平な世界秩序の実現のためにイニシアティブを発揮すべきだと思います。