中国を訪問し習近平国家主席から異例のもてなしを連日受けたフランスのマクロン大統領が、帰りの飛行機の中で受けたインタビューで、台湾問題について「最悪なのは、欧州が米国の動きや中国の過剰反応に追随し、同調しなければならないと考えることだ」「(欧州は)自分たちとは関係のない世界の混乱や危機に巻き込まれるべきではない」と発言し大きな非難を浴びています。
「最悪」なのはマクロン氏であり、どう考えても「台湾は自分たちにとって遠い国(地域)なので関係ない。中国が台湾を武力攻撃しても、欧州はアメリカのようにコミットすべきではない」と言っているのと同じです。自称「人権大国」のトップであるフランスの元首が、距離が近いから遠いからと言って侵略という人権侵害への対応に差をつけようとする発言を行うのは、普遍性とは程遠いちっぽけな対応であり、軽蔑という感情しか湧きません。
よほどの差別主義者なのかと思いますが、よく考えてみれば、ウクライナ戦争に関しても、一貫して対露融和的な姿勢を取っており、ウクライナでは「心配するふりをして何も行動しない」という意味で「マクロンする(マクローニッティ)」という言葉が流行るくらいです。なので、そもそもマクロン氏は人権のために断固戦うという意識が希薄な人物なのかもしれません。
マクロン氏が普遍的な価値観を体現しているようには到底見えませんが、一方で彼は変なところでナイーブなところがあります。(戦時下なのに)欧州の独立性を高めることが合理的だとか、対話を通じてプーチンや習近平氏ら帝国主義的独裁者の行動を変えられると本気で思い込んでいるようなので、厄介(我々からすれば迷惑)です。フランスは言うまでもなく大国の一つと位置付けられますが客観的に見て絶対的な軍事力と経済力があるわけではなく、人口規模もロシアに半分程度です。領土拡張を目標にしている独裁者からすれば、同国の自分より相当年下の首脳からいろいろ言われても、鬱陶しいだけでまともに取り合うメリットはないでしょう。実際に彼はウクライナ侵攻直前に和平仲介に乗り出しましたが、プーチンの噓に乗せられて何の成果も上げることができませんでした。今回の訪中でも習近平氏にプーチンを説得するように要請したようですが、習近平氏は要請に応えなくても何のデメリットもないと考えていることでしょう。力による裏付けがないナイーブな単独行動は、西側諸国の結束を揺るがし、侵略者に対して隙を見せるだけです。
日本や欧米諸国の人たちが中国国内で不当な拘束をされている状況にもかかわらず、マクロン、ショルツ、フォン・デア・ライエンら欧州の首脳たちが人権問題を棚上げして目先の経済的利益のために習近平詣でにいそしんでいる姿は情けないのですが、それと共に、こうした行動は各方面での欧州の相対的地位を低下させているだけに過ぎません。彼らは、日米欧ら西側G7諸国が天安門事件やチェチェン戦争でおびただしい人権侵害に目をつぶり経済関係を優先した結果が自身の相対的地位の低下を背景とした新冷戦を生み出したことをいまだに良く認識できないようです。中国やロシアが共通の価値観を持っている国々ならば話は別ですが、危険な帝国主義的独裁者によって支配されている国に対しては包囲網を敷くのが最適であり、必要以上に関わって相手に依存する状況をつくりだすのは愚かな選択としか言いようがありません。ウクライナ戦争であれだけロシアへのエネルギー依存が問題になったのに、二の轍を繰り返す行動を取るのは論外です。
岸田首相は、広島でのG7サミット開催を前にG7の結束を頻繁に主張していますが、マクロン氏のような最悪な発言をするおかしなリーダーに対して、強く抗議すべきです。G7サミットを前にしてよくも日本の隣に位置する民主主義国家である台湾に対してよくもそんなことを言ったなと、改めてはらわたが煮えくり返る思いです(私のこの発言も距離の遠近が入ってはいますが、私は遠い国だから関わるべきでないなどとは決して発言しません)。
こういう発言をする人物がトップでいることに疑問を感じますし、実際に年金改革法案への反感から、マクロン氏の最近の支持率は28%との低水準にあります。しかし、仮に彼が辞任しても、ライバルとしてまず名前が挙がるのがマリーヌ・ルペン氏(極右の「国民連合」)とジャン=リュック・メランション氏(急進左派の「不屈のフランス」)というもっと親ロシアな政治家です。フランスの政党政治も日本のそれと同様に大きな問題を抱えていると言わざるを得ません。