リニア中央新幹線推進派から目の敵にされていた静岡県の川勝知事が、大問題となった失言の責任を取って辞任を表明しました。川勝知事の後任を決める静岡県知事選挙に現在出馬を表明している二名の候補はいずれも、現行のリニア中央新幹線の計画の推進を表明しています。
私は「中央新幹線」建設自体に反対しているわけではありません
私は、中央新幹線の建設自体には意義があると考え賛成するものの、リニア方式で南アルプスの下を突っ切るCルートでの建設は合理性がないと考え、反対します。中央新幹線建設に関しては、既存の中央線とできるだけ並走させる形で在来型の新幹線方式で建設し、東京から大阪まで全線同時開業することがベストであるというのが私の立場です。しかし、今更それは無理だというのであれば、リニア形式で、Aルート(木曽谷ルート:山梨県甲府市付近から、諏訪湖周辺、塩尻市や松本市近辺を通り、木曽谷を経て愛知県名古屋市へ至るルートで、中央本線に一番近いルート)へのルート変更と、東京ー大阪全線同時開業を強く求めます。以下が、私が今の計画に反対する理由です。
- 建設工事に伴って発生する環境破壊がJR東海の予想を大幅に上回る可能性がある
- 品川-名古屋間の約9割がトンネルであり、予想を大幅に上回る規模で工事期間が長期化し、さらに建設資材の高騰で建設コストが相当上振れする可能性がある
- 東京-名古屋-大阪をできるだけ直線で結ぶことを大目標としているので、それ以外の地域の沿線住民にとってはメリットが少なく、しかも途中駅のほとんどは市街地中心部から離れている上に、一時間に一本しか列車が停車しないと予想される
- 大阪や名古屋の住民にとっては、開通したとしてもかえって東京への一極集中と地域経済の地盤沈下を進めるだけになりかねない。さらに、名古屋まで先行開業しても、大阪までの全線開業がはるか先になりそうな状況では、取り残された関西圏経済の地盤沈下が加速しかねない
- 超電導リニア新幹線方式では、在来型の新幹線より少なくとも3-4倍の電力が必要とされる
- 超電導リニアは在来型の新幹線や在来線に乗り入れることを全く想定して作られていないので、使い勝手が悪い
- 5-6の理由から、海外で需要があるとは思えず、海外展開は全く期待できず、日本経済の発展に寄与するとは思えない
- リニア中央新幹線が名古屋まで開通してものぞみが静岡県内に停車する可能性は低い
JR東海が、諸々の理由により東海道新幹線のバイパス線を作りたいから中央新幹線を作りたいと言うのは分かりますが、①直線距離に近いルートを採用した方が時間が10分程度短縮できて建設費が安く済む、②沿線自治体の経済発展を考慮したルート採用は儲けに繋がらない、③超電導リニアという技術を海外に輸出することで儲けることができる、などといった安直な思い込みで、自力で沿線地域住民の理解を二の次にしてリニア建設を進め、それを歴代の民主党及び自公政権が容認してきたのは愚かとしか言いようがありません。
超電導リニアはガラパゴス技術
JR東海が無理して進めている超電導リニアはガラパゴス技術に終わる可能性が高いと思います。莫大な建設費がかかり電力も浪費するリニアをあと40年くらいかけて大阪まで開業させたとしても、そこから先はどうするのでしょうか?
出生率も上がらず移民も受け入れないならば、今後日本の人口と経済は縮小する一方です。せっかくリニアを作っても、リモート化の進展もあり、思ったほど人が乗らないかもしれません。リニアを大阪以西に延伸することはまず無理でしょうし、仮に延伸できたとしても、東京からの移動時間がリニアと山陽新幹線でかなりの差が出てくるので、山陽新幹線の乗車率を下げるだけに終わりそうです。
一方で、海外への技術輸出も相当難しいでしょう。JR東海はいったいどこの国を輸出先として想定しているのでしょうか?リニアモーターカーは、ロシアのモスクワからサンクトペテルブルク間のように、それなりの人口(都市圏人口が500万人レベル以上)を持つ500-800キロくらい離れた大都市間で、途中にほとんど都市が存在せずほぼ直線で建設ができるのであれば、建設に適しているのかもしれません。しかし、そのような地域は世界中探しても数少ないでしょう。アメリカのダラス―ヒューストン間やブラジルのサンパウロ―リオデジャネイロ間がそれに近いかもしれませんが、先方にとってもまずは高速鉄道で十分でしょう。さらに、TGVやICEなどのヨーロッパ型の高速鉄道(新幹線)では在来線に乗り入れることができると言う使い勝手の良さがあります。西ヨーロッパでは、これ以上の高速運転化は急ぐ必要がないということで定時制を重視する流れに入っていますし、一方で1,000キロ以上離れた地域間ならば、飛行機の方が有利であり、途中区間に線路やトンネルなどのインフラを建設・維持する必要はありません。日本と同様にリニアの開発を進める中国においては、日本のリニアを採用するはずはなく、経済状況の悪化でリニア建設どころではなくなってくるかもしれません。
JR東海の関係者以外でリニアを進めたい人たちは、とりあえず新しい技術だから形にすれば何か良いことが起きると素朴に信じているのか、電力を食うリニアを使うことで浜岡原発の再稼働を実現させたいと考える原発推進派のどちらかまたはその両方なのでしょう。無責任なのは、リニア推進派に他なりません。リニア実現こそ日本経済復活のカギなどと妄信している人は考え直した方が良いです。
Aルートで在来型の新幹線がファーストベスト
さて、逆に、中央新幹線を既存の中央本線とできるだけ並走させる形で在来型の新幹線方式で建設し、東京から大阪まで全線同時開業とした場合、
- 南アルプストンネル建設で生じる環境破壊が発生しない
- 地下80mから海抜1200mまでの上下差がある無理な工事による建設コストの上昇を抑制できる
- 甲府・塩尻(松本)・中津川などの沿線地域の主要駅を停車するので地域経済の発展に大きく寄与する
- 東海道・山陽新幹線などとの乗り入れが可能となり、様々な運航形態の実現が可能になる
- 中央西線と中央東線の合流地点である長野県の塩尻駅を拠点として、周辺に首都(機能)を移転させ、中央新幹線経由で東京-新政治首都-名古屋-大阪を結べば、東海道新幹線と拮抗した形で中央新幹線が新しい日本の大動脈となる
などといった利点があります。
リニア中央新幹線開業を見込んでの首都機能移転計画には、岐阜県の東濃地域(中津川市・恵那市周辺)がありますが、3,500m級の滑走路を持つ空港を近隣に建設することは難しく(これは長野県飯田市周辺でも同じ)、松本空港周辺は、国・県・松本塩尻両市が協力すれば、4,000mくらいに滑走路を延長することは不可能ではありません。首都(機能)移転を考えた場合は、Aルートの方が現実的ではないでしょうか。もちろん、長野県中部地域は糸魚川静岡構造線と中央構造線の接点であり、この地域でのM7.6程度の地震発生確率が13-30%と非常に高い値になっていますが、他の地域と比較して大規模な地震が発生してきたとも言えず、そもそも日本全国どこでも大地震が発生してもおかしくありません。内陸部で津波も発生せずに原発も近くにないことを考えれば、この地域が特別危険だとは言えません。政府庁舎に関して、低層で頑丈な建物にして、周辺の道路幅を広く取ればよいだけではないでしょうか。
在来型の新幹線がリニアに劣るのはスピードですが、東海道新幹線よりも線形を良くすれば、Aルート経由でも将来的に東京―大阪間を2時間以内で結ぶことは可能でしょう。工費に関しても、トンネル建設コストや環境被害を低く見積り過ぎた結果、リニア方式でも、Cルートでの建設費用がAルートやBルート(伊那谷ルート:山梨県甲府市付近から諏訪湖周辺まではAルートと同じで、諏訪湖から下降し、伊那谷を経て、長野県飯田市からCルートと合流して愛知県名古屋市へ至るルート)での建設費用を上回る可能性さえあるでしょう。JR東海が自社に都合が良いように作った試算を根拠にした、「Cルートは建設費が安く合理的である」という主張を鵜呑みにするのは、大阪万博やIRに関する日本維新の会の主張を信じているのと同じと言ってよいでしょう。
Cルートリニア計画は国鉄分割民営化の負の遺産
今回は、経済的側面からCルートリニア建設計画の非合理性をお話ししていますが、それでもJR東海がこのような計画に固執するのは、JR分割民営化の負の遺産であると言えます。
旧国鉄が民営化された要因としては、自動車や航空機の発展による鉄道の地位の低下、政治に押し付けられた赤字ローカル線の存在が重荷になっていたこと、物価抑制を理由に運賃改定が先送りされたことなどが挙げられます。民営化に加えて分割までされたのは、表向きは地域の実情に即した運営を行うためとのことでしたが、本当の理由は、分割することで民営化に強力に反対した労働組合の影響力を低下させるためだったとも指摘されています。
分割民営化に加えて上場を目指すということになると、各社は利益を最大化して株主の要求に答えることを要求されます。すると地域の発展は二の次になり、手っ取り早く利潤を最大化することが各社にとっての最大目標となります。JR東海は運輸収入の9割以上を東海道新幹線に頼るいびつな収益構造を持っています。理由としては、東京圏・関西圏に劣る中京大都市圏の人口規模や同地域が車社会であることが影響していることもあり、東京―名古屋―大阪の三都市間を大量かつできるだけ早く輸送することに資源を集中することが会社としては合理的になっているからだと考えられます。実際に東海道新幹線の収益率は非常に高く、コロナ前といえる2020年3月期の決算では営業利益率は、JR東海がJR各社で群を抜く35.6%にも上ります。
静岡県内の二つの政令都市の中心駅である静岡駅と浜松駅にのぞみが停車するようになると、東京-新大阪間は現行より10分ほど多くかかることが予想されますが、JR東海がこの二駅にのぞみを停車させることを拒否しているのは、上記の構造からみれば当然と言えます。しかし、仮にのぞみの全列車がこの二駅に停車していたら、両都市はもっと発展し静岡県の人口も400万人を超していたでしょうし、静岡市の大幅な人口減少も食い止められていた可能性は高かったのではないでしょうか。静岡県は新幹線の駅が6つもあるのだから優遇されていると難癖をつける人がいますが、東西が155㎞と長く、人口も全国で10番目の約350万人です。一方、静岡県よりも多く7つの新幹線停車駅が存在する岩手県は、南北に長く190㎞、人口は静岡の約1/3の約115万人です。以上から、静岡県が新幹線に関して特別優遇されているとは言えないでしょう。
JR東海は地域独占企業=市場の失敗。JR再編が必要
JR東海に限らず、JR各社が沿線住民の利益よりも企業としての利益の最大化を目指すことに関しては、私企業だから当然であるとして擁護する声が多いのですが、それは本質を理解していない発言です。
なぜならば、JR各社は地域独占企業であり、そこには市場の失敗が発生しているからです。市場の失敗は①外部性の発生、②公共財の存在、③費用逓減産業の存在、④情報の非対称性の存在など主なものですが、少なくともJR各社に関しては、①-③がかなり成り立っていると言えるでしょう(②に関しては、準公共財(クラブ財)的側面が強い)。市場の失敗が存在する場合は、政府の適切な介入(コミットメント)を行うことが経済学的に考えて合理的です。
私は、JRの分割民営化は見直すべき時に来ていると思います。鉄道に関しては、1997年に完全民営化を果たしたイギリスの旧国鉄が事実上の「再国営化」へと大きく舵を切りまりました。分割民営化後、各社間で大きな経営格差が発生し、東日本、東海、西日本、九州は株式上場したものの、北海道と四国は経営環境が厳しく、国からの支援が続いています。
私は、
1. JR各社を統合する持ち株会社を作る
2. 貨物に関しては現在のJR貨物を存続させる
3. 旅客の在来線に関しては再編分割を行い、新生JR東日本とJR西日本に分割する
新幹線に関しては
4. 地域ごとの分割運営を見直して全国単位にして、運営については日本航空と提携する会社と全日空と提携する会社の2社体制にして競争させる形にする
5. 新幹線関連の施設の建設・保有・管理は全て鉄道建設・運輸施設整備支援機構が受け持つ
と言ったような、再編改革を行うべきだと考えます。さもなければ、路線廃止や運航体制の悪化に拍車がかからず、人口減少の進展とともにJR北海道や四国の経営が立ち行かなくなるのは目に見えています。また、リニアも含めた新幹線の建設も、現行の体制では今後も東京を中心に進められるので、東京一極集中も解決されないでしょう。
JR東海によるリニア中央新幹線計画は国鉄分割民営化の問題点を象徴する存在であり、見直されるべきプロジェクトであることを、皆さんに是非ご理解していただきたいと思います。必要な地域を経由するために少しずつ曲がりながら目的地に到着すると言うのが鉄道の本来あるべき姿です。人口約60万人の甲府経済圏および松本・諏訪地域、人口約100万人の静岡都市圏および浜松都市圏の存在を無視し、環境を破壊しながら三大都市圏を直線で結ぶことを最優先に考えるJR東海の存在は時代遅れとしか言いようがありません。
「陸のコンコルド」で五輪・万博(カジノ)に続く三度目の失敗か
「コンコルド効果」とは、超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とする心理現象を表し、何らかの対象にこれ以上お金や時間、労力などを投資しても、損失が出るもしくは損失が拡大するとわかっているにも関わらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態を指す用語です。
このままいけば、リニア中央新幹線が「陸のコンコルド」になり、五輪・万博に続く三度目の失敗になる可能性は高いと私は思います。今回の静岡県知事選では、現行計画を進めようとする二候補に対して、明確な反対の意思を示すことが必要なのではないでしょうか?